25 1月

双子が生まれました!

昨日の夕方5時50分ごろ、仕事をしていると、自分の携帯に病院の先生から一本の電話があった。

妻が破水をして、至急出産の準備に取り掛からなければならない事、すぐ手術に着手する旨を伝えられた。

東京にいた私は、この時点で出産に立ち会うことができないことを悟ったので、すべてをお医者さんに託すことにして、急いで名古屋へ向かうことにした。

とりあえず、直近にあった仕事のアポをすべてキャンセルし、出すべき書類を死に物狂いで作成し、家に帰りとりあえず準備していた物をすべて車に積み込み、夜7時過ぎにようやく家を出ることができた。

Reikoの入院している名古屋の病院を目指して高速をとばしている道中、川崎インターから東名高速道路に入ったくらいに、お義父さんから「6時37分に無事出産した」との一報が携帯の留守電に入った

しばらく走って静岡の牧之原SA付近を通過中、自分の母からReikoの様子や子供の体重がメールで届いた。
「1人目が2228グラム、2人目が2210グラムで、3人とも元気」とのメールに、運転しながら思わずガッツポーズと「やった!」と声が出た!
今までの東京→名古屋の運転の中で一番速いくらいの運転で、午後10時半に病院に着くと、看護師さんに分娩室に案内された。

分娩室のベッドに横たわっていたReikoは、マスクをして、4種類の点滴に心電図測定用のプローブはつけてるものの、麻酔はだいぶさめていて話は問題なくできるようになっていた。

しばらくして、看護師さんが生まれた2人の子供を1つのベッドに入れて連れてきてくれた。

双子は本当に小さかった。
でも2人とも自分でちゃんと呼吸もできるし、初乳も自分で飲むことができるのを見て安心をしたとともに、顔を見てようやくこの子達の父親になったという実感とうれしさがこみ上げてきた。

この喜びを記録しておかないとと思い、写真やビデオを撮影したりしているうちに、いつの間にか夜の12時をまわっていた。

Reikoも大仕事を終えてだいぶつかれたようなので、この日はひとまず帰ることに。また今日のお昼に会いに行きます。

24 1月

出産時ドキュメント 産まれました(3)

手術が始まったことを実感する音と匂いの中で、
今か今かと赤ちゃんの泣き声を待つ私。

しばらくするとお腹がふわりと軽くなる感じがしました。
一人目が取り出されたようです。
そして掃除機のような物で何かを吸い上げるような音が。

赤ちゃんの口から羊水を吸引する音でしょうか。

その直後「ふにゃ〜っ」という弱々しくも明らかに赤ちゃんの泣き声を聞きました。

あー間違いなく私の赤ちゃんの声だー!
やっと会えるんだー!
どんなお顔なんだろう?
対面した時の私の最初の一言は、何という言葉が出てくるだろう?

私の頭の右の方で何やら小児科の先生の診察が始まりました。
ご対面はまだお預け。

はやる気持ちを抑えながら待っていると、
お腹の上の方をグイグイと押される感覚がしました。
二人目を下の切開部分まで押し下げているようです。

そして同じく「ふにゃぁ〜っ」という泣き声を聞きました。
無事に二人目も取り出されたようです。

感無量!知らず知らずのうちに涙があふれ、
ポロポロとこぼれるのを止めることができません。

これまでの入院生活、この日のこの時の為に耐え続けてきたのです。
夢にまで見たご対面シーンが今ここに実現しているのです。

一人目の赤ちゃんの簡単な診察が終わると、
私の顔の所まで看護師さんが見せてくれました。
何と私の第一声、「すごいお顔〜っ」でした。

一生根に持たれそうな事をつい言ってしまいました。

だって生まれたての赤ちゃんて、
お腹の中でギュウギュウ詰めにされていたからか、
しわしわですごいんですよね。

二人目も無事ご対面。

看護師さんが私のほっぺたに赤ちゃんの手を触れさせてくれました。
温かい感触と何ともいえない喜びでまた涙が…。

頑張ったね、ママとあなた達、ずっとお腹の中で頑張ってきたよね。
これからは、いっぱいいっぱい楽しいことあるよ。
パパと一緒にみんなと一緒に大きくなろうね!

そして赤ちゃんの体重ですが…。

二日前のエコーの時に二人とも2000gあるかないかくらいと言われ、
NICU決定の覚悟でいましたが、
なんと長男2228g、二男2210gと2000gを超え、
しかも問題も見当たらず、NICUにはお世話にならず
新生児室に入ることになったのでした。

それには先生も看護師さんもビックリ!

私の担当の先生、慎重な性格で赤ちゃんの体重を
いつも小さく見積もるみたいで、
今までも見積もりより大きめで産まれてくることが多いそうです。

それにしても一卵性双胎児で、
ここまで体重差もなく上手にお腹の中で育ってくれて
上出来の二人でした!

双子とわかった時点から、
お腹の中で二人で仲良くするよう
言い聞かせた甲斐がありました。

こうして無事に手術は終わり、
終わってみると手術時間59分という
超スピード帝王切開でした。

そしてここから地獄の術後の痛みと戦うわけです。
その報告はまた後日。

24 1月

出産時ドキュメント 産まれました(2)

緊急事態に慣れている看護師さん達が冷静に準備を進めていく中、
私は驚きと不安で涙があふれました。

診察室の外で待っていた母に、言葉にならない涙声で

「私…今から…」

驚いた表情の母の顔を見たのがやっとで、

「大丈夫だよ。今から少しずつ準備を始めていくからね」

と看護師さんに励まされ、車椅子で処置室に連れて行かれる私。

本当なら前日にする色々な処置や採血も、
入れ替わり立ち代わり看護師さんがテキパキと
進めていくのをただ見守るだけ。

私の担当の先生はどこ?

さっき診察室へ入る直前、
別の患者さんと話しをしていたのを見かけたけれど、
ちゃんと私の手術に入ってくれるよね?

不安を煽られるようなことばかり言われたけど、
なんだかんだ言いながら、一番頼りにしていた先生だから、
最後もちゃんと手術は担当の先生にお願いしたいと願っていました。

それには先生のお休みの日や夜中の緊急手術は避けたいなと思っていたので、
この事態は一抹の不安を覚えないではいられませんでした。
この時17時半になろうとしている頃でした。

そこへ私の担当医が登場!

「破水しちゃったー?」

「しちゃったー 😥 」

よかった、先生ちゃんといる時で。

ベッドに乗せられて手術室に運ばれていく私を
駆けつけた父がビデオをかまえて撮影してくれました。

もしかして緊急手術になったら、
きっと間に合わないだろう主人のために
映像で残しておいてほしかったので、
ビデオを撮ってもらうようお願いしてあったのを
ちゃんと覚えていてくれたようです。

長い入院生活の間で仲良くなった看護師さん達も駆けつけてくれて、
総師長まで飛んできてくれました。
皆さんに手を握って応援してもらい手術室に見送られて、
ある意味幸せでした。

この時18時くらいだったと思うので、
かなりのスピードで手術の準備が整ったと思われます。

この日の予定の手術はすべて終わっていた時間でもあったので、
手術室も空いていたし、先生達もまだまだ帰らない時間だし、
看護師さんたちは交代の時間でたくさんの人数の方がいたそうで、
これだけの準備が早く整ったと後で聞かされました。
麻酔科と小児科の先生達も
物すごい速さで準備を進めてくれていたのですが、
私は既に陣痛が始まっていました。

定期的に痛みが押し寄せてくるのに耐えながら
手術が始まるのを待つばかり。
せっかく帝王切開で産むのだから、
陣痛は経験しなくていいと思っていたのに、
これでは両方の痛みを経験することになるの??

そして麻酔の処置が始まりました。

横向きに寝てひざを抱える格好で、
背中に打たれる麻酔が一番痛いと聞いていたのですが、
痛みはそれほどでもなくすぐに終わりました。

さらに局所麻酔を注射され、麻酔の効きを確認するために
体の上の方とおなかの方の冷たさの感じ方が違うことを調べます。

足が動かせなくなり、完全に麻酔が効いたことを確認すると
いよいよおなかを切り開く処置が始まります。

先生達が私のおなかを取り囲み、

「じゃ始めます、よろしくお願いします」

などというドラマで見たような言葉が聞こえてきて、
電動メスの音と少し焦げ臭い匂いがしてきました。

産まれました(3)へ続く

24 1月

出産時ドキュメント 産まれました(1)

まさか双子の誕生日が今日になるとは・・・。

あー昨日も一晩もってくれたなぁ。。。
そんないつもの朝を迎えていました。

回診の先生がおもしろいことを言って笑わせてくれたので、
いい一日の始まりだなぁ、くらいに思っていました。

お昼ご飯を食べた後、お通じを催したので
お手洗いまでヨイショヨショ、と歩いて行って帰ってきました。
ちょっと力みすぎたかしら??

そんな頃からちょっと今日おなか張りっぽいかも・・・と嫌な予感。

1月29日の手術に向けて14時頃看護師さんが
術前の説明に来てくれました。

この説明を受ける私の番がやっと回ってきた。。。
この説明を聞く頃になるといよいよ産まれる、
赤ちゃん達に会える!とワクワクするんだろうな、
と心待ちにしていたのです。

ずーっと前から他の人への説明が幾度となく
カーテン越しに聞こえていたので、
その話、ぜーんぶ知ってるわよ、
と余裕な思いで聞いていました。
それにしても何か今日の張り、
いつもと違う…?

術前の説明が終わった後も張りは頻回に続き、
1時間ほどで痛みを伴うようになってきました。

張りの度にぎゅーっと締め付けられるような痛み。
明らかにいつもと違う。。。

看護師さんを呼んだのは15時45分頃のことでした。

NSTをつけ3回目の大きな張りで筋肉注射を打ったものの、
治まる気配がありません。5分間隔で続く為、
とうとう診察室へ呼ばれました。

NSTをつけている間にタイミングよく母が面会に来ていました。

「今日、ちょっと痛い張りが来てるの」

すぐに帰るつもりだった母も胸騒ぎを覚えたのか、
もう少しいるからと、駐車場で待つ父に帰ってもらうように連絡をし、
事態を見守ることにしました。

診察室に入った私は痛みの伴う張りで、
足も少しふら付き気味になっていました。

診察の先生は担当医とは違う若い女の先生。

「先生どうしよう…!あと数日なのに…。」

冷静に内診した先生が一言。

「破水してるね」

ひぇーーーー!
声にならない悲鳴。

「どうなるの?」

「間違いなく今日だね。今から手術だよ」

予定で…予定で産むはずが、こんなことになるなんてー!

なんとなく失敗した嫌悪感がある緊急帝王切開に、
私がなってしまうなんてー!!!

産まれました(2)へ続く…

23 1月

NICU

今日はNICUの見学に行ってきました。
実際の雰囲気などが想像できていなかったので、見に行ってよかったです。

先生からは2000gいくかなぁと、NICU決定のように言われているので、とりあえず覚悟はしています。
保育器に入っている赤ちゃん達はみんな小さく心許ない気がしてやっぱり少しでもお腹の中で大きくしてあげたいなぁと思いました。でも設備といい、スタッフといい、万全の体制が整っているようなので逆に安心のような気もします。
手術まであと10日となりました。お腹の中でママと繋がっているのもあと少しかと思うと、寂しい気もしますが、この期間を存分に楽しみたいと思います!

17 1月

私もやせたけど・・・

大変だよね?。私も体重は減りましたよ。シロッカーの時の局部麻酔で頭を動かしてしまったせいで、頭痛が続き、食事も取れず・・。
あと少し!! 頑張れ?  又、カキコしますね^^

17 1月

退院ラッシュ

私のお部屋は5人部屋です。
大きな病院なので、私のような双子妊婦が一部屋に常時2?3人はいます。今は三つ子妊婦さえいます。
今日手術の双子ママさんがこの部屋を出て行き、同時に単胎ママさんが一時退院したので一気に人が減ってしまいました。
明後日にはもう一人の単胎ママさんが一時退院の予定です。長く一緒に過ごして、まるで妊婦合宿のようで楽しかったので何だか寂しいです(:_;)
昨日まで妊婦5人、赤ちゃん9人だったのが、今は妊婦3人、赤ちゃん6人・・・それにしても赤ちゃん多いですね(^^ゞ

14 1月

やつれた?

最近先生達や看護師さん、家族、退院したママさんに立て続けに「痩せた?」と言われました。
妊婦ってこの時期太って太って仕方ないくらいというのがよく聞く話ですが・・・。
つわりの時期に38kg(身長157cm)にまで落ち、そこからジワジワと体重も増え続けていたのですが、見た目にはお腹だけが膨らんで私自身はしぼんでいっていたみたいです。
やせたというよりやつれたんです(-_-)
そりゃそうですよ、毎日お腹の張りと戦い、筋肉注射を打たれ、食事も少し食べただけでいっぱいになり、一日を越えられるかどうかビクビクしながら過ごしているんですから。
食べられないからやせたというより、精神的なものが大きいと思われます。
鏡を見てみたところ、確かにまぶたがくぼんでいました(´Д`)
でも昨日から35週に入りました!何とか目標地点が見えて来た気がします。次々とこの病室から仲良くなったママさん達が卒業して行かれますが、私も後に続けるようあとひと頑張りしなければ・・・です。

13 1月

今日はひきこもり(-_-)

昨日の夜また張っちゃいました(>_<) 久々に注射を打ってほしいと自ら志願する程苦しくて、張りも6?7分おきに来ていたので、早い段階で筋肉注射を打たれました。 それでも効かなくて張りがおさまらなかったので、とうとう点滴がマックスになってしまいました(>_<) 手術まであと二週間もあるのにマックスになってどうする?(-.-;)と不安でなりません。 今日は私、ひきこもり妊婦です(-_-)

09 1月

祝☆卒業!

かの日、一日違いで入院した双子ママさんが、先程帝王切開の手術に行かれました。
過酷で不安な入院生活、彼女にはどんなにか励まされ勇気付けられたかしれません。
同じ境遇で同じ不安を抱え、それでもやがて訪れる人生最大の幸せに向けて共に泣き、笑いあった仲間を無事見送る事ができ、よくここまで頑張ったよね、と涙が溢れてしまいました。
ある日突然、落とし穴に落ちて以来、ずっと地下道をもがき進んできた私達、彼女は地上に上がる日がやっと来たんですね。
まだ私はその日まで三週間もありますが、私も無事迎えたい、ただそれだけです。